『あすか』(1999年10月期)以来、ほぼ20年ぶりの朝ドラ出演になります。『なつぞら』で感じていらっしゃる、朝ドラの普遍的な面と時代とともに変化した部分を、まずは語っていただけますでしょうか。
ヒロインを演じているわけではないので、そんなふうに「朝ドラ」のことを語れる立場ではないんですけれども…やはり多くの方に愛される作品であり、影響力があるのだなと、あらためて思い知らされました。19年半前に『あすか』に参加させてもらった当時は、僕のことを知っている方も多くはなかったんですが、いろいろな世代の方から劇中でのアダ名“ハカセ”くんと呼んでもらえるようになって、すごくうれしかったことを覚えています。ですから、この『なつぞら』でも、街中で「剛男さん」と呼ばれるように頑張りたいですね。ただ、僕のことを「剛男さん」と呼んでくださる方がいらっしゃるのかどうか──と思ったりもしていて。子どもたちからは「お父さん」、妻の富士子ちゃん(松嶋菜々子)からは「あなた」、泰樹さんからは「おいっ」という具合に、名前を呼ばれることがあまりないので、僕の希望はかなわないかもしれないなと、すでに半ば諦めているところもあります(笑)。
いえいえ、「剛男さん」も浸透していると思います! その剛男さんは、ヒロインのなつを北海道に連れてくることで、彼女の運命を変える人でもありますよね。その辺りについては、どのようにとらえていらっしゃるのでしょう?
すごく話題になりましたけど、小さかったころのなつが泰樹さんとアイスクリームを食べるシーンに対する反響の声をネットで見ていたら、剛男のことも書いてあって。「なつは3人兄妹なのに、1人だけ連れてくるのはどうなの?」と。その時点では、まだ劇中で事情が明かされていなかったんですけど、「せめて、なっちゃんだけでも」と考えて北海道に連れて帰るのが、剛男らしさなんでしょうね。鈍感というか、のん気というか…あまり先々のことを深く考えていないというか。ただ、放送がスタートする直前の会見で、広瀬(すず)さんに「藤木さんとは、あまり2人のシーンがないんですよね」と言われて気づいたんですけど、確かにそうなんですよ。なつを十勝に連れてきたのは剛男なんですけど、その後は富士子に預けたところがあって、人生や仕事について教えているのは、じいちゃん(泰樹)なんだなぁと。僕が教えたことは、見事にゼロでした(笑)。
第5話より ©NHK
「今日は学校に行け。」と泰樹に言われたなつに「なっちゃん、良かったな。」と声を掛ける剛男。
そんなことはないと思いますが(笑)、子ども時代のなつを演じた粟野咲莉ちゃんの健気な芝居は、『なつぞら』序盤の大きなフックになりました。藤木さんの目に彼女はどう映っていたのでしょうか?
今回はヒロインの子役時代から始まるという、朝ドラの王道的な展開ではあったので、広瀬さんにいいカタチでバトンを渡したいなという思いが、僕の中にもありました。そういった中で、咲莉ちゃんをはじめとする子役のみなさんの瑞々しいお芝居に、逆にこっちが学んだというか…影響を受けたところがあって。もちろん、まだ経験も浅いので器用に立ち回れない部分もあったのかもしれませんけど、あれほどに余計なものを排除して役になりきれる力に対しては、純粋にすごいなと思いました。ただ…咲莉ちゃんのなつも、だいたい印象的なのは草刈さんとのシーンに集約されてしまうという(笑)。強いて言えば、一番最初に剛男がなつを十勝に連れてきて、「なっちゃん、ここが北海道だよ」と広大な景色を見せるシーンは、すごく大事だなと思って演じていました。もっとも、なつが無邪気に原っぱで駆けまわるところは咲莉ちゃんの身長に対して草の丈が高くて、監督から「駆けまわってみて」と言われても、ゆっくりかき分けるような感じになってしまって、大変そうでしたけど(笑)。
言われてみれば! ところで、婿養子である剛男さんの柴田家内での立ち位置というものを、藤木さんはどのように考えていらっしゃいますか?
最初にお話をいただいて台本を読み始めた時には、戦災孤児のお話ということで、シリアスなストーリーになるのかなと思っていたんです。けれども、実際はそういうわけではなくて、大森(寿美男=脚本)さんの色が反映されていて、コメディーの要素も多くて。柴田家の家族構成も絶対的な存在感を誇る家長的な泰樹さんがいて、片や女性の強さと言いますか…しっかりと子育てをして、泰樹さんに対しても思ったことを言える富士子ちゃんがいる。剛男は、その狭間で揺れている婿養子という立ち位置ですが、だからこそチャーミングに映ったらいいなぁ、と思いながら演じているところがありますね。
今も名前が挙がりましたが、あの時代に子どもたちの前でも、奧さんのことをうっかり「富士子ちゃん」と呼んでしまうのが、剛男さんの愛らしさなのかなとも思います(笑)。
「視聴者のみなさんの目に、剛男という人はどう映ったらいいのかな?」というところでのサジ加減は、意外と難しいものだったりするんです。布団のシーンは、朝にオンエアされるドラマですから、あまり生々しいのもどうかと思いますし…。一方で、もう二度と会えないかもしれないと覚悟をして戦地へ行き、本当に運良く帰ってくることができたという背景を踏まえると、2人の関係性が見えた方がいいのかなという思いもあって。リハーサルの時点でも撮影当日のテストでも特に細かいことを決めずに、「とりあえず撮ってみますか」みたいな感じだったんですけど(笑)、監督がなかなかカットをかけてくれなかったんですよ。それで、「富士子ちゃ〜ん」って名前を呼んでみたという(笑)。ただ、言った後で「ちょっとどうかな…?」と思ったりもしたので、まさか本編で使われているとは思わなくて。オンエアを見てビックリしたんですけど、次のシーンに移るタイミングが絶妙で、編集に助けてもらったなと感じてもいます。
第1話より ©NHK
戦友との約束について、なつを引き取る経緯について、家族に説明し説得する剛男。
なるほど…。では、ヒロインを務めている広瀬すずさんについても、お話しいただけるでしょうか。
お芝居に対して、すごく熱心というか…情熱を持っている女優さんだと思います。僕が19年半前に朝ドラに参加させていただいた時というのは、「新人女優さんの登竜門」という一面があって──もちろん今でも、オーディションで選ばれてキャスティングされる方もいますけど…そういった場合、体当たりで演じるという部分が強かったりもする一方、広瀬さんはすでに代表作をたくさん持っていらっしゃる方なので、草刈さんや松嶋さんといった力のある俳優さんの1人といった感覚ですね。制作発表の時に、松嶋さんが「ヒロインは大変です」とおっしゃっていましたけど、広瀬さんはその大変さを全然感じさせない人でもあって。出番を待っている間も台本を見ている様子がないので、「いつセリフを覚えているんだろう?」と不思議に思ったりもするんですけど(笑)、そうやって淡々と現場にいてくれるからこそ、『なつぞら』の撮影が順調に進んでいるんだなぁと思います。
広瀬さんとご一緒していて、感心されたことや驚かされたことはありますか?
何でしょうね…(しばし考えて)、スタッフの方が“朝ドラあるある”とおっしゃっていましたけど、家族全員が集まるのは食事のシーンが多いので、スケジュール的に1日中、朝食やら夕食のシーンを撮るという日があるんです。僕は年齢的なこともありますけど、食べ過ぎないように気をつけていたり、自分のセリフの直前になったら話しやすいように「何をどのタイミングで食べようか」と逆算して考えたりもするんですけど、広瀬さんは全然そんなことを気にしないで、バクバク食べていて(笑)。時々、セリフを言えてなかったりもするんですけど、そうやって果敢に攻めていく姿がすごくいいなぁと思いました。松嶋さんも意外と食事のシーンではしっかりと召し上がっていて、撮り終わった後にも現場に残って“消えモノ(撮影用のご飯)”を食べてるんです。もちろん、“消えモノ”をつくっていらっしゃる住川(啓子=料理監修)先生のお料理が本当に美味しいということもありますけど、義理の母娘でありながら食に対する旺盛さというところで、広瀬さんと松嶋さんは似ているところがあるのかな、そんなところも母娘っぽいと思ったりもしました。
泰樹さんの心の中における剛男の占める割り合いを多くしようと切り拓いていくことが、彼なりの開拓精神じゃないでしょうか(笑)
朝ドラは撮影期間そのものの長さはもちろん、演じる役の年齢幅が広いという特色もあります。今回もご自身の実年齢を上回った年代を演じることになると思いますが、その辺りで留意していることはありますか?
映像でできることというのも意外と限られている気がするので、あまり無理をして年齢を深く考えすぎない方がいいのかな、と思っています。なつが母親になるところまで描くとなると、当然、僕はおじいちゃんになるわけですけど、そうなると「草刈さんは何歳の設定なんだ!?」ということになってくるわけじゃないですか(笑)。そこのリアリティーを追求しすぎると、15分という放送枠じゃおさまらないくらい、みんなスローリーになってしまう。それも何ですので、メイクさんの力であったり、扮装の力を借りながら、見た目も歳を重ねていけばいいのかなと。まだ、あまりそこまで考えてはいないですね。
年齢を重ねていくことで、剛男さんの性格に変化が見られるといったことは…?
性格ですか…。実生活でも子を持つ父親ですから、剛男のことを理解できる部分だったりリンクするところもありますけど、この先おじいちゃんになったら、どうなるんでしょうねぇ。直接の責任がない分、気楽だなんてよく言われますから、いっそ歳をとった方が楽なのかもしれませんね。でも、意外とおじいちゃんになったら、泰樹さんみたいに頑固で厳しくなっちゃうかもしれないですよ。そして、こっそり孫にアイスクリームを食べさせるっていう(笑)。
そこでイメージアップをはかる、と(笑)。そもそもの話になってしまいますが、照男、夕見子、明美の実子3人と、養子のなつに対する接し方に違いみたいなものはあるのでしょうか?
無責任になつを十勝まで連れてきてしまいましたが、子どもたちには少なからず何らかの影響があったと思いますし、剛男の知らないところで迷惑をかけた部分もあると思います。ただ、あの戦後間もない時代には親を失った不幸な方々がけっして少なくなかったわけで、誰かが助ける、あるいは支え合うことが必要だったのだと思うと…現代に置き換えて考えるのも難しい、という気もしていて。たぶんですけど、剛男の中でも気持ちは半々だと思うんですよ。苗字も奥原のままで、戸籍も柴田家に入っていないのは、いつか兄の咲太郎(岡田将生)くんたちと一緒に暮らす日が来てほしいと願っているからであって。その日まで、なつのことを預かっているという気持ちが大きいのかな、と。そんなことを思えるのも、なつが優しくていい子に育ってくれたからでしょうね。もし反抗的な子になっちゃっていたら、果たして柴田家の面々が受け入れられたかどうか…というところもありますから(笑)。
第8話より ©NHK
姿を消したなつを心配し、警察を訪ねる柴田家。
撮影が始まって1年近くになりますが、柴田家のキャストのみなさんも本当の家族のような距離感なのでしょうか?
そうですね、昨年の6月に北海道ロケがあって、少し間が空いて昨年末から柴田家のシーンを撮っていく中で、なつが上京していったんですけど、たまに柴田家で集まるシーンを撮る時に、広瀬さんが「柴田家に帰ってくると、落ち着くわ」と言ってくれてるらしいので、それが何よりもうれしいです。
柴田家は酪農を営んでいますが、このお仕事の大変さも役を通じて感じた部分はありますか?
北海道の自然の中で…夏場はいいとしても、雪深くて寒い季節も牛の世話をするということは、本当に大変なことだなと感じました。ましてや相手が生き物ですし、週末に休めるわけでもないですし、お盆や正月も関係なく面倒を見る必要があるわけで。そういった環境に身を置くことで、何者に対しても優しくなれる人格が形成されるところはあるのかな、と思ったりもします。
その北海道という地で育ったということで、剛男さんの中にも開拓精神が宿っているのではないかと思うんですが、藤木さんがそこを実感するということは?
開拓精神か…泰樹さんの心の中において、剛男の占める割り合いを少しでも多くしたいと切り拓いていくことでしょうか(笑)。それは冗談ですけど、あんまり「自分が、自分が」という人でもないので、その辺りは特に意識して演じているわけではなくて。そもそも、富士子ちゃんの見合いに“当て馬”として引きあわされたところ、読書している姿を彼女に気に入られて結婚相手に選んでもらったという馴れ初めですし、農協に就職したのも泰樹さんの口利きですし、そうやって考えると情けないところばかりですねぇ…。ただ、メーカーによって酪農家からの牛乳の仕入れ値がバラバラだったのを、農協が一括して仕入れることで値を安定させようとして泰樹さんに話すくだり(第3〜4週)は、いつもの頼りない剛男じゃない、農協の職員としてしっかりしたところを見せたい、というのをテーマに演じていました。 第9話より ©NHK
「どうして私には家族が居ないの?バカ野郎!チクショー!!」と泣きながら怒るなつを「もっと怒れ!」と抱きとめる泰樹。
そうだったんですね。ちなみに、柴田家を通じて家族への思いが深まった部分というのもあったりするのでしょうか?
テレビドラマは長らく、シングルライフに代表されるファッショナブルなライフスタイルを提示し続けてきました。現実的にも核家族が多い中、『なつぞら』のように三世代が一緒に暮らす大家族の素敵な部分を描くというのは、視聴者にどのように受け止められるのかな…とも思うのですが…そう言えば…今回の役を演じていて途中で気がついたんですけど、ちょうど放送がスタートする時に、照男、夕見子、明美とウチの子たちの年齢が同じだということに、ビックリして。「えっ、これは大森(寿美男)先生が知っていてアテ書きしたのかな!?」と思ったりもしたんですけど、そういうこともあって柴田家には、ひときわ親近感があるんですよね。だからこそ、なつという子の存在についても深く考えたところがあって。現実の世界で彼女のような子を一緒に育てるとなった場合、自分は本当に受け入れることができるのかなと考えたんですけど、そんなに簡単じゃないよなぁと。それこそ、さっきも話したように素直で優しい子に育ってくれたら問題も起こらないかもしれないですけど、そうじゃなかった場合、どう向き合ったらいいんだろうって。自分も大人になっていく過程で、いろいろなことを思ったり考えたりしましたし、実の親子でも子の反抗期はデリケートになると思うんですよ。そういった中で、実の家族じゃない女の子を受け入れて育てていくというのは、本当に芯が強いというか…すごいことだなと、あらためて思っています。
2019年度前期
連続テレビ小説『なつぞら』
放送(全156回):
【総合】[月~土]午前8時~8時15分/午後0時45分~1時(再)
【BSプレミアム】
[月~土]午前7時30分~7時45分/午後11時30分~11時45分(再)
[土]午前9時30分~11時(1週間分)
【ダイジェスト放送】
「なつぞら一週間」(20分) 【総合】[日]午前11時~11時20分
「5分で『なつぞら』」 【総合】[日]午前5時45分~5時50分/午後5時55分~6時
作:大森寿美男
語り:内村光良
出演:広瀬すず、松嶋菜々子、藤木直人 /
岡田将生、吉沢 亮 /
安田 顕、音尾琢真 /
小林綾子、高畑淳子、草刈正雄 ほか
制作統括:磯 智明、福岡利武
演出:木村隆文、田中 正、渡辺哲也、田中健二ほか
オフィシャルサイト
https://www.nhk.or.jp/natsuzora/
Twitter(@asadora_nhk)
Instagram(@natsuzora_nhk)
藤木直人
早稲田大学理工学部情報学科卒。
在学中に東映映画「花より男子」花沢類役に抜擢され、95年デビュー。
原作漫画から抜け出したような甘いルックスが話題に。
その後も、NHK朝の連続テレビ小説「あすか」やフジテレビ系「ナースのお仕事」シリーズ、「Love Revolution」、「ラストシンデレラ」などに出演し注目を集め、日本テレビ系「ギャルサー」、「ホタルノヒカリ」、TBS系「高校教師」、「Around40 ~注文の多いオンナたち~」、テレビ朝日系「夜行の階段」、映画「g@me」、「20世紀少年(第2,3章)」など数多くの話題作へ出演。 近年も、フジテレビ系「FINAL CUT」、「グッド・ドクター」(共に2018年)日本テレビ系「イノセンス~冤罪弁護士~」(2019年)など出演作多数。通算100目となるNHK連続テレビ小説「なつぞら」で、なつを十勝へ連れてきて、運命を変える重要人物・柴田剛男を演じている。
また、役者活動と並行して音楽活動を本格的に開始し、99年7月7日「世界の果て~the end of the world~」でCDデビュー。2019年、音楽デビュー20周年のアニバーサリーイヤーを飾るニューアルバム「20th -Grown Boy-」を発売し、7月より全国10カ所11公演に及ぶ全国ツアー「Naohito Fujiki Live Tour ver12.0 ~20th-Grown Boy-みんなで叫ぼう!LOVE!!tour~」を行う。
消息来源:https://entertainmentstation.jp/435442